7.28松井秀喜引退セレモニー。「1日契約」というメジャーの伝統
メジャーにはそんなしきたりがあるんですね。
日本でも、もとい阪神でも見てみたいものです。
金本・矢野・下柳で、来年オープン戦してほしい……。
2013年7月29日月曜日
2013年7月28日日曜日
2013年7月27日土曜日
結婚-恋愛か、見合いか
今日はこの記事から。
結婚の科学 恋愛と見合いどっちが幸せ?
けっきょく、大事なのは末尾の一文だけではないでしょうか。
「幸せになるかそうでないかは人それぞれであり、どちらにせよ夫婦の互いの努力が重要であることは言うまでもないが」
わたしは見合い結婚して離婚した夫婦をたまたま近くで見たことがあるので、けっきょく夫婦が仲良くやっていくために必要なことはお互いが仲良くやっていくという共通意志のもと努力する以外にないと強く思います。
結婚の科学 恋愛と見合いどっちが幸せ?
けっきょく、大事なのは末尾の一文だけではないでしょうか。
「幸せになるかそうでないかは人それぞれであり、どちらにせよ夫婦の互いの努力が重要であることは言うまでもないが」
わたしは見合い結婚して離婚した夫婦をたまたま近くで見たことがあるので、けっきょく夫婦が仲良くやっていくために必要なことはお互いが仲良くやっていくという共通意志のもと努力する以外にないと強く思います。
2013年7月26日金曜日
福島とフクシマ
チェルノブイリ本を読んでから、福島が今どうなっているのかということについても気になるようになってきました。
想像の「フクシマ」ではない現実の「福島の物語」を感じてほしい(安積咲)
こんな記事など。
あえて不謹慎との謗りを覚悟していえば、実は福島も地獄ほどひどくはなっていないのではないかと感じています。
少なくともそこにいるだけで死んでしまうとか、すぐに健康に害がでるとかそういうレベルではないでしょう。
それよりも問題になっているのは制度や仕組みの問題の方で、けっきょくそれも人為のなせる業です。
あるいはそこに広がっている光景は地獄の「フクシマ」なのだ、という外からの決めつけかもしれません。
さて。
想像の「フクシマ」ではない現実の「福島の物語」を感じてほしい(安積咲)
こんな記事など。
あえて不謹慎との謗りを覚悟していえば、実は福島も地獄ほどひどくはなっていないのではないかと感じています。
少なくともそこにいるだけで死んでしまうとか、すぐに健康に害がでるとかそういうレベルではないでしょう。
それよりも問題になっているのは制度や仕組みの問題の方で、けっきょくそれも人為のなせる業です。
あるいはそこに広がっている光景は地獄の「フクシマ」なのだ、という外からの決めつけかもしれません。
さて。
2013年7月25日木曜日
イノベーションがなくてもやっていける、はず
World Energy Outlook Special Report 2013: Redrawing the Energy Climate Map
こいつを読んでいます。
まだ半分も読んでませんが。
IEAがいうには技術革新がなくても、制度を変えればCO2濃度を450ppmに抑えることはできるといいます。
主な手段は化石燃料による発電への補助金をやめることと省エネとのこと。
詳しい内容はこれから読みますが、実はまだ破局的な気候変動を避ける余地はそれなりにあるとのことのようです。
こいつを読んでいます。
まだ半分も読んでませんが。
IEAがいうには技術革新がなくても、制度を変えればCO2濃度を450ppmに抑えることはできるといいます。
主な手段は化石燃料による発電への補助金をやめることと省エネとのこと。
詳しい内容はこれから読みますが、実はまだ破局的な気候変動を避ける余地はそれなりにあるとのことのようです。
2013年7月24日水曜日
夕景に魅せられた最初
2013年7月23日火曜日
『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』を読む
こんな本です。
Twitterで津田大介さんをフォローしていて、津田さんがやたら宣伝RTをするので買ってしまいました。
エネルギーについて勉強する人間のはしくれとして、読んでおいたほうがベターだろうと思ったのと、純粋に興味があって注文してみました。
はじめに断っておきますと、この記事はステマです(笑)
しかしステマって自ら名乗り出るともはやステルスではないのでマですかね。
マーケティングのマ、ただの宣伝です(笑)
冗談はさておき、エネルギー、特に原子力、あるいは福島の復興について興味のある人にとっては間違いなく有益な読み物だと思います。
広範囲に影響を及ぼし収束のつかない原子力発電所事故という点でチェルノブイリと福島は共通していて、数々の差異にも関わらず参考になる部分が多々ありそうです。
内容についてはgenronサイトの目次に譲りまして、ここでは特にわたしが印象に残ったことについて3つほど取り上げてみようと思います。
2013年7月22日月曜日
今年の参院選もおわり
選挙がおわりました。
わたしが投票した候補は選挙区でも比例区でも当選していません。
いつものことです。
さて、誰しも当選して欲しい人が当選したりしなかったりしていることと思います。
しかし今どれだけ騒いだところでもう決まってしまったことです。
今後起こることについて気に入らないこと、不都合なことがあれば自分で勉強して自分の身を守るしかありません。
それも今にはじまったことではありませんけれども。
わりと共感する記事があったのでリンク貼っておきます。
「教育のない民主主義は無意味」もとい教育のない民主主義はただの衆愚政治でしょうかね。
わたしが投票した候補は選挙区でも比例区でも当選していません。
いつものことです。
さて、誰しも当選して欲しい人が当選したりしなかったりしていることと思います。
しかし今どれだけ騒いだところでもう決まってしまったことです。
今後起こることについて気に入らないこと、不都合なことがあれば自分で勉強して自分の身を守るしかありません。
それも今にはじまったことではありませんけれども。
わりと共感する記事があったのでリンク貼っておきます。
「教育のない民主主義は無意味」もとい教育のない民主主義はただの衆愚政治でしょうかね。
2013年7月21日日曜日
偏差値を理解しよう
茂木先生はいつも偏差値で人を測る日本の教育に怒っておられますね。
それはさておき、日本では色々なところで偏差値が使われていることは事実です。
しかし偏差値が何なのかをきちんと理解している人がどれくらいいるか、というと「?」ではないでしょうか。
高校の数学でも偏差値やそのもとである分散まできちんと扱っているところは少ないと思います。
大学に入ってからも統計に触れる機会のある人はあまり多くないと思いますし、触れることがあっても小難しい数式が並んでいる(ように見える)ためけっきょく分からないまま終わってしまう人もいるのではないでしょうか。
そういうわけでせめてそこらじゅうに徘徊している偏差値くらいは正体を知ろうというのがこの記事の目指すところです。
それはさておき、日本では色々なところで偏差値が使われていることは事実です。
しかし偏差値が何なのかをきちんと理解している人がどれくらいいるか、というと「?」ではないでしょうか。
高校の数学でも偏差値やそのもとである分散まできちんと扱っているところは少ないと思います。
大学に入ってからも統計に触れる機会のある人はあまり多くないと思いますし、触れることがあっても小難しい数式が並んでいる(ように見える)ためけっきょく分からないまま終わってしまう人もいるのではないでしょうか。
そういうわけでせめてそこらじゅうに徘徊している偏差値くらいは正体を知ろうというのがこの記事の目指すところです。
2013年7月20日土曜日
参院選2013
明日は選挙ですね。
さんざんエネルギーの話を書き散らかしている私ですから、選挙に行かないという選択肢はありません。
かといって政治にさほど期待しているわけでもありませんが、自分が参加していないものに文句をいっても説得力がないので投票には必ず行きます。
ある種のアリバイ作りのような側面を持っているといってもよいでしょう。
なぜ選挙に行ったほうがよいか、については次の記事がわりと読みやすく説得的かと思いますのでリンクを貼っておきます。
特別寄稿・竹田圭吾 投票しなくてもいんじゃね? とつぶやく若者たちへの手紙
選挙に行かない男と、付き合ってはいけない5つの理由
しかし正直なところ、このブログをときたまにしろ見ているような方はおそらく選挙に行くと思いますので、余計なお世話かもしれません。
さんざんエネルギーの話を書き散らかしている私ですから、選挙に行かないという選択肢はありません。
かといって政治にさほど期待しているわけでもありませんが、自分が参加していないものに文句をいっても説得力がないので投票には必ず行きます。
ある種のアリバイ作りのような側面を持っているといってもよいでしょう。
なぜ選挙に行ったほうがよいか、については次の記事がわりと読みやすく説得的かと思いますのでリンクを貼っておきます。
特別寄稿・竹田圭吾 投票しなくてもいんじゃね? とつぶやく若者たちへの手紙
選挙に行かない男と、付き合ってはいけない5つの理由
しかし正直なところ、このブログをときたまにしろ見ているような方はおそらく選挙に行くと思いますので、余計なお世話かもしれません。
2013年7月19日金曜日
プールとコンタクト
ちょっと大阪まで出かけて世界の大温泉スパワールドへ行ってきました。
設備もスタッフもお客さんも「ザ・大阪」という感じでした。
ここ、笑うところです。
それはともかくとして、わたしは近眼なので普段はメガネをかけています。
裸眼視力は0.1に満たないのでメガネがないとまわりがぼけてほとんど見えません。
プールや温泉に行くとたいがいメガネをとらなければならないのでまわりの様子が見えなくて難儀します。
そのときだけでもコンタクトにすればよいのでしょうが、目にものを入れるということに本能的な恐怖を感じて踏み切れずにいます。
まったく見えないわけではなく、誰かがそばにいて様子を伝えてくれれば事足りるので、恐怖を乗り越える積極的な動機も湧かないというところです。
設備もスタッフもお客さんも「ザ・大阪」という感じでした。
ここ、笑うところです。
それはともかくとして、わたしは近眼なので普段はメガネをかけています。
裸眼視力は0.1に満たないのでメガネがないとまわりがぼけてほとんど見えません。
プールや温泉に行くとたいがいメガネをとらなければならないのでまわりの様子が見えなくて難儀します。
そのときだけでもコンタクトにすればよいのでしょうが、目にものを入れるということに本能的な恐怖を感じて踏み切れずにいます。
まったく見えないわけではなく、誰かがそばにいて様子を伝えてくれれば事足りるので、恐怖を乗り越える積極的な動機も湧かないというところです。
2013年7月18日木曜日
ギンガとケムール人
ウルトラマンギンガ第4話にはケムール人が登場しました。
こいつです。
もちろん右側です。
ケムールといえばあの独特なフォームで走る姿が印象的です。
最初に登場したウルトラQではパトカーから走って逃げていましたが、今回は夜の学校で女子高生を追いかけます。
ただの変態。
本編は放送されてから1週間だけ、youtubeの円谷プロ公式チャンネルで公開されています。
録画していなくて見逃しても次の話が放送されるまでは前回のお話が観られるというこの仕様は親切でいいと思います。
ぜひどうぞ。
こいつです。
もちろん右側です。
ケムールといえばあの独特なフォームで走る姿が印象的です。
最初に登場したウルトラQではパトカーから走って逃げていましたが、今回は夜の学校で女子高生を追いかけます。
本編は放送されてから1週間だけ、youtubeの円谷プロ公式チャンネルで公開されています。
録画していなくて見逃しても次の話が放送されるまでは前回のお話が観られるというこの仕様は親切でいいと思います。
ぜひどうぞ。
2013年7月17日水曜日
さよならの夏
手嶌葵さんは『ゲド戦記』でデビューして以来、ずっと好きです。
『コクリコ坂から』も私は好きでした。
ラストへの疾走感とそして最後に歌われるこの曲が素晴らしく心に残り、2度も映画館に足を運んでしまったほどです。
今年はどんな夏になるのやら。
2013年7月16日火曜日
I'll Be OK
私がはじめて買ったCDがMcFlyでした。
ラジオで聴いたこの曲に一目惚れ、いや一聴惚れ(?)して。
調べたら2006年。
ずいぶん昔に感じます。
Just tell yourself, I'll be OK.
って、久しぶりに思い出しました。
2013年7月15日月曜日
マクドナルド嫌い
私はマクドナルドが嫌いです。
内実に関する話を聞くにつけ、あの安さの裏に不健康とか社会の不条理とかいろいろなものが詰まっている気がしてしまいます。
同じ理由で和民も嫌いです。
内実に関する話を聞くにつけ、あの安さの裏に不健康とか社会の不条理とかいろいろなものが詰まっている気がしてしまいます。
同じ理由で和民も嫌いです。
これがチキンナゲットの原料です。
写真はGIZMODOの英語版から拝借しました。
正直、食べる気がしないです……。
もっとも、これを見る前から嫌いでしたけどね。
ちなみにマクドナルドの略称はマクド派です。
2013年7月14日日曜日
有頂天家族もはじまった
2013年7月13日土曜日
ウルトラマンの思い出 Vol.2
平成の世になって最初の本格的なウルトラマンのTVシリーズは「ウルトラマンティガ」でした。
ティガがリアルタイムで放送されていた1996年から1997年にかけてはまだスコットランド在住でしたので、日本の祖母に録画してもらったビデオテープを送ってもらって観ていたのを今でも覚えています。
そうしてティガはほぼ全話通して観たので、自分のウルトラファンとしての原点はティガです。
振り返れば時代は平成がはじまって少ししたころ、まだCGの技術は今ほど成熟していませんでした。
「ティガ」もはじまったばかりのころはCGと実写特撮をどう融合するか、試行錯誤している様子がうかがえます。
シリーズ終盤に向かってそれがより洗練された形になってゆくのを見ているとおもしろいです。
CGにできることが限られていた分、実写特撮の担う役割もそれなりに大きく、昭和シリーズから続く特撮のおもしろさも味わうことができるように思います。
ストーリーも昭和のウルトラシリーズに比べてかなり洗練されたものになっていると感じます。
多くの回は1話完結ですが、中には前後編の骨太な話もあります。
また以前の回で登場した人物が再登場したり、以前の回が伏線となったりと各回のつながりが見えるような作りを本格的に意識しているのもティガからのように思います。
なんといっても圧巻は3回で構成される最終話でしょう。
最初から観てきてそこにたどりついたときに味わった感動は、後に観たウルトラマンやウルトラセブンにはないものでした。
それがいかに印象的だったかは、アニメ「這いよれニャル子さん」最終回でオマージュされたことからもうかがい知れるでしょう(?)。
ティガについてもウルトラマンについても、話題はまだまだありますがとりあえず今日のところはこれで。
ティガがリアルタイムで放送されていた1996年から1997年にかけてはまだスコットランド在住でしたので、日本の祖母に録画してもらったビデオテープを送ってもらって観ていたのを今でも覚えています。
そうしてティガはほぼ全話通して観たので、自分のウルトラファンとしての原点はティガです。
振り返れば時代は平成がはじまって少ししたころ、まだCGの技術は今ほど成熟していませんでした。
「ティガ」もはじまったばかりのころはCGと実写特撮をどう融合するか、試行錯誤している様子がうかがえます。
シリーズ終盤に向かってそれがより洗練された形になってゆくのを見ているとおもしろいです。
CGにできることが限られていた分、実写特撮の担う役割もそれなりに大きく、昭和シリーズから続く特撮のおもしろさも味わうことができるように思います。
ストーリーも昭和のウルトラシリーズに比べてかなり洗練されたものになっていると感じます。
多くの回は1話完結ですが、中には前後編の骨太な話もあります。
また以前の回で登場した人物が再登場したり、以前の回が伏線となったりと各回のつながりが見えるような作りを本格的に意識しているのもティガからのように思います。
なんといっても圧巻は3回で構成される最終話でしょう。
最初から観てきてそこにたどりついたときに味わった感動は、後に観たウルトラマンやウルトラセブンにはないものでした。
それがいかに印象的だったかは、アニメ「這いよれニャル子さん」最終回でオマージュされたことからもうかがい知れるでしょう(?)。
ティガについてもウルトラマンについても、話題はまだまだありますがとりあえず今日のところはこれで。
2013年7月12日金曜日
シンポジウム・講演まとめ 2013.7.12編
ブログをはじめてからこの方、わたしが参加してきたシンポジウムや講演に関する記事をまとめておきます。
クレッチマン州首相を迎えてのシンポジウム「日独におけるエネルギーシフト-地域社会と市民の役割」~第1部
クレッチマン州首相を迎えてのシンポジウム「日独におけるエネルギーシフト-地域社会と市民の役割」~第2部
ワークショップ 独におけるエネルギーシフト -再生可能エネルギー・電力自由化・地域再生- 第1部
ワークショップ 独におけるエネルギーシフト -再生可能エネルギー・電力自由化・地域再生- 第2部
大学の授業が変わる-求められるアクティブラーニング-(京大サロントーク講演より)
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.1
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.2
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.3
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.4
内容について不明点、議論したい点などありましたらぜひ個別の記事にコメントください。
クレッチマン州首相を迎えてのシンポジウム「日独におけるエネルギーシフト-地域社会と市民の役割」~第1部
クレッチマン州首相を迎えてのシンポジウム「日独におけるエネルギーシフト-地域社会と市民の役割」~第2部
ワークショップ 独におけるエネルギーシフト -再生可能エネルギー・電力自由化・地域再生- 第1部
ワークショップ 独におけるエネルギーシフト -再生可能エネルギー・電力自由化・地域再生- 第2部
大学の授業が変わる-求められるアクティブラーニング-(京大サロントーク講演より)
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.1
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.2
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.3
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.4
内容について不明点、議論したい点などありましたらぜひ個別の記事にコメントください。
2013年7月11日木曜日
ギンガ、はじまりました
ウルトラマンギンガ、はじまりましたね。
高校生の青春ドラマということで、ちょっとばかりむずがゆいというか見ていてこっぱずかしい感じもしますが、今までのウルトラシリーズにはなかったテイストで新鮮です。
これからどう展開させていくのか楽しみです。
ギンガのデザインもうまくはまっていると思います。
平成以降のやや装飾過多な傾向はありますが、どのパーツも意味があって使われているようです。
しかしブラックキングが人を守る描写というのは斬新ですね。
もともとはナックル星人の、かなり悪役の用心棒でしたからね。
高校生の青春ドラマということで、ちょっとばかりむずがゆいというか見ていてこっぱずかしい感じもしますが、今までのウルトラシリーズにはなかったテイストで新鮮です。
これからどう展開させていくのか楽しみです。
ギンガのデザインもうまくはまっていると思います。
平成以降のやや装飾過多な傾向はありますが、どのパーツも意味があって使われているようです。
しかしブラックキングが人を守る描写というのは斬新ですね。
もともとはナックル星人の、かなり悪役の用心棒でしたからね。
2013年7月10日水曜日
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.4
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.1
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.2
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.3
……の続きです。
パネルディスカッションの内容について書こうと思っていましたが、パネルディスカッション中は通訳で忙しくてあまりメモを残せなかったのでパスします。
万一知りたかった方がいらっしゃったらすいません。
その代わり、懇親会で聞いた面白い話を紹介します。
話というのは発電等々エネルギーの供給側ではなく、需要側の話です。
いわゆる省エネです。
ある5階建てくらいのオフィスビルの省エネ改修について、5,000万円の投資で年間の使用電力量を4割以上減らし、年間の電気代を500万円も節約できるようになったという事例があるそうです。
しかも投資5000万円のうち1,500万円は補助金でまかなったそうで、実質7年でもとがとれるとのこと。
省エネはきちんと投資すれば儲かるということでしょう。
だいたい省エネというとエアコンの温度設定を上げるとか、そもそもつけないとか精神論的なことが多く聞こえてくるような印象があります。
しかし省エネのあるべき姿というのはそうではないのではないか、というのがわたしの考えです。
上の例のように、それなりの金額を投資してそもそもエネルギーを使わないシステムを作る方がよっぽど快適で生産的だと思うからです。
日本は省エネが進んでいて、これ以上省エネの余地はない、といういわゆる「乾いた雑巾」神話をよく聞きます。
しかし東日本大震災とその後やってきた夏はそれが事実でなかったことを明らかにしたように思います。
2011年、2012年の節電はかなり精神論に負うところが多かったのかもしれませんが、きちんとした投資による設備更新などでそれをもっと恒常的なものにできるのではないかと思います。
おそらく進んでいるところでは進んでいるのでしょう。
そんな省エネ投資が広まらない理由があるとすれば、そもそもそういう概念を知らないかファイナンスが受けられないかでしょうか。
絶対にもとがとれる投資なのでファイナンスが受けられないというのは変な話ですが、不景気だともとがとれるまで会社が存続しないリスクがあってそうなっているのかもしれません。
あるいは売上が減る電力会社が嫌がっているということもありえるかもしれませんが……。
というわけでまったく印象ばかりのまとまらない記事でしたがシンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」編は以上です。
おつきあいありがとうございました。
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.2
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.3
……の続きです。
パネルディスカッションの内容について書こうと思っていましたが、パネルディスカッション中は通訳で忙しくてあまりメモを残せなかったのでパスします。
万一知りたかった方がいらっしゃったらすいません。
その代わり、懇親会で聞いた面白い話を紹介します。
話というのは発電等々エネルギーの供給側ではなく、需要側の話です。
いわゆる省エネです。
ある5階建てくらいのオフィスビルの省エネ改修について、5,000万円の投資で年間の使用電力量を4割以上減らし、年間の電気代を500万円も節約できるようになったという事例があるそうです。
しかも投資5000万円のうち1,500万円は補助金でまかなったそうで、実質7年でもとがとれるとのこと。
省エネはきちんと投資すれば儲かるということでしょう。
だいたい省エネというとエアコンの温度設定を上げるとか、そもそもつけないとか精神論的なことが多く聞こえてくるような印象があります。
しかし省エネのあるべき姿というのはそうではないのではないか、というのがわたしの考えです。
上の例のように、それなりの金額を投資してそもそもエネルギーを使わないシステムを作る方がよっぽど快適で生産的だと思うからです。
日本は省エネが進んでいて、これ以上省エネの余地はない、といういわゆる「乾いた雑巾」神話をよく聞きます。
しかし東日本大震災とその後やってきた夏はそれが事実でなかったことを明らかにしたように思います。
2011年、2012年の節電はかなり精神論に負うところが多かったのかもしれませんが、きちんとした投資による設備更新などでそれをもっと恒常的なものにできるのではないかと思います。
おそらく進んでいるところでは進んでいるのでしょう。
そんな省エネ投資が広まらない理由があるとすれば、そもそもそういう概念を知らないかファイナンスが受けられないかでしょうか。
絶対にもとがとれる投資なのでファイナンスが受けられないというのは変な話ですが、不景気だともとがとれるまで会社が存続しないリスクがあってそうなっているのかもしれません。
あるいは売上が減る電力会社が嫌がっているということもありえるかもしれませんが……。
というわけでまったく印象ばかりのまとまらない記事でしたがシンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」編は以上です。
おつきあいありがとうございました。
2013年7月9日火曜日
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.3
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.1
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.2
……の続きです。
主要なメッセージはVol.1にあり、そのメッセージのもととなった分析はどちらかといえばVol.2に含まれています。
今回はCambridge EconometricsのUnnada Chewpreecha先生による講演について振り返ります。
直接日本の政策分析に関わる内容ではなく、EUのエネルギー政策やE3MGモデル(Vol.1, Vol.2参照)の解説、モデルがこれまでEUの政策決定にどう関わってきたかについての講演です。
なお、しつこいようですが、以下の内容はいずれもわたしが講演を受けて考察・編集したものであり、講演者のみなさまの見解に代わるものではないことをあらかじめお断りしておきます。
要は講演の内容とわたしの考えがわりと入り乱れているということです。
学術論文とかではないのでそのあたりどうかご容赦ください。
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.2
……の続きです。
主要なメッセージはVol.1にあり、そのメッセージのもととなった分析はどちらかといえばVol.2に含まれています。
今回はCambridge EconometricsのUnnada Chewpreecha先生による講演について振り返ります。
直接日本の政策分析に関わる内容ではなく、EUのエネルギー政策やE3MGモデル(Vol.1, Vol.2参照)の解説、モデルがこれまでEUの政策決定にどう関わってきたかについての講演です。
なお、しつこいようですが、以下の内容はいずれもわたしが講演を受けて考察・編集したものであり、講演者のみなさまの見解に代わるものではないことをあらかじめお断りしておきます。
要は講演の内容とわたしの考えがわりと入り乱れているということです。
学術論文とかではないのでそのあたりどうかご容赦ください。
2013年7月8日月曜日
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.2
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択Vol.1」の続きです。
主要なメッセージはVol.1にまとめましたのでご覧いただければ幸いです。
今日は2本目の朴先生の講演についてまとめてみます。
なお、以下の内容はいずれもわたしが講演を受けて考察・編集したものであり、講演者のみなさまの見解に代わるものではないことをあらかじめお断りしておきます。
要は講演の内容とわたしの考えがわりと入り乱れているということです。
学術論文とかではないのでそのあたりどうかご容赦ください。
主要なメッセージはVol.1にまとめましたのでご覧いただければ幸いです。
今日は2本目の朴先生の講演についてまとめてみます。
なお、以下の内容はいずれもわたしが講演を受けて考察・編集したものであり、講演者のみなさまの見解に代わるものではないことをあらかじめお断りしておきます。
要は講演の内容とわたしの考えがわりと入り乱れているということです。
学術論文とかではないのでそのあたりどうかご容赦ください。
2013年7月7日日曜日
シンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」Vol.1
7月6日に行われましたシンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」-マクロ計量モデルを活用した日本のエネルギー・環境政策の評価と選択-に参加してきました。
聴衆ではなく話をする機会もいただいた、という話はこちらをどうぞ→通訳初体験
シンポジウムは3つの講演からなる第1部とパネルディスカッションの第2部とに分けて行われました。
このシンポジウムにおける、わたしが選んだ主要なメッセージは以下の通りです。
1. 再生可能エネルギーや送電網、エネルギー効率化への支出は経済的負担ではなく、投資であり有効需要である。
2. 原子力発電への依存をやめ、同時に炭素税を利用して温室効果ガス排出削減を行ったとしても、税収中立的な炭素税制度を構築することで経済成長(GDPの増加)をも実現することができる。
3. 原子力発電の利用の有無に関わらず、電気料金は値上がりする。
それでは各講演について順にざっくり振り返っておきます。
以下の内容はいずれもわたしが講演を受けて考察・編集したものであり、講演者のみなさまの見解に代わるものではないことをあらかじめお断りしておきます。
要は講演の内容とわたしの考えがわりと入り乱れているということです。
学術論文とかではないのでそのあたりどうかご容赦ください。
聴衆ではなく話をする機会もいただいた、という話はこちらをどうぞ→通訳初体験
シンポジウムは3つの講演からなる第1部とパネルディスカッションの第2部とに分けて行われました。
このシンポジウムにおける、わたしが選んだ主要なメッセージは以下の通りです。
1. 再生可能エネルギーや送電網、エネルギー効率化への支出は経済的負担ではなく、投資であり有効需要である。
2. 原子力発電への依存をやめ、同時に炭素税を利用して温室効果ガス排出削減を行ったとしても、税収中立的な炭素税制度を構築することで経済成長(GDPの増加)をも実現することができる。
3. 原子力発電の利用の有無に関わらず、電気料金は値上がりする。
それでは各講演について順にざっくり振り返っておきます。
以下の内容はいずれもわたしが講演を受けて考察・編集したものであり、講演者のみなさまの見解に代わるものではないことをあらかじめお断りしておきます。
要は講演の内容とわたしの考えがわりと入り乱れているということです。
学術論文とかではないのでそのあたりどうかご容赦ください。
2013年7月6日土曜日
通訳初体験
本日、名古屋大学で行われましたシンポジウム「日本のエネルギー・環境政策選択」-マクロ計量モデルを活用した日本のエネルギー・環境政策の評価と選択-に参加してきました。
シンポジウムの中身はまた明日くわしい記事を書きます。
当初は単に聴衆として参加するはずだったんですが、昨日急遽通訳(のようなもの)を頼まれましてはじめてこうした場で発言する機会をいただきました。
サブタイトルにある通り、このシンポジウムは特にマクロ計量モデルと呼ばれる経済モデルによる分析からエネルギー・環境政策が持つ影響を考察する、という主題で行われました。
その核となるマクロ計量モデルがE3MGモデルおよびその前身であるE3MEモデルです。
この両者はケンブリッジ大学とケンブリッジ・エコノメトリクスという研究機関が中心となって開発し、特にEUではエネルギー・環境政策の意思決定の場でも頻繁に利用されているモデルです。
IPCCの第4次報告書でも計量経済モデルとして唯一分析に採用されたモデルでもあります。
このモデルの内容については明日の記事にゆずります。
シンポジウムにイギリスはケンブリッジよりはるばるケンブリッジ・エコノメトリクスのメンバーであるUnnada Chewpreechaさんがいらしてくださいまして、このモデルに関する解説とEUでどのように活用されているかについてのお話をいただきました。
わたしはUnnadaさんの発表の要旨を日本語で改めて説明する、ということで参加しておりました。
またパネルディスカッションもありましたので、パネリストやフロアからの日本語の質問を英語にしてUnnadaさんにお伝えし、Unnadaさんの回答をまた日本語に翻訳してフロアに伝えるという役もしておりました。
もともとわたしではなく別の方がこの役割を担うはずだったんですが、その方が急に参加できなくなったために前日に突然降ってまわってきた役でもありました。
発表の要旨についてはそれでも前日にいただいていたのでそれを翻訳して準備はしていたんですけれども、その場の講演を受けてその上で追加する部分や省く部分をなどあり、また時間的な制限もあって難しさを感じました。
それでも日本語の方はまずまずの出来ではあったかと思います。
はじめてにしては、という枕詞は必要だとしてもですね。
一方で英語でUnnadaさんに他の講演者の方の発表やコメントを伝えるのはそうとう下手だと自分で感じていました。
それでもUnnadaさんがかなり文脈を読んでくださってなんとかパネルディスカッションも無事に進んだというところで安堵しているところではあります。
9月からのインターン先での上司になる方のひとりなので、今後に関わるという意味でもかなり緊張しました。
それほど参加者の多いシンポジウムではありませんでしたが、それでも聴衆ではなく発言する側として参加したこと、それも通訳というやや変わった形で、というのはたいへんいい経験になったように思います。
まだまだ英語に関しても専門知識に関しても足りない部分しかないと、これからまた勉強するモチベーションにもなりました。
終わった後の懇親会で参加した先生方からよくやったとお褒めのことばをいただいたので、いちおう最低限の仕事はできたかなというところです。
何にしても、必要な場面に遭遇するとそれを身につけようという気になりますね。
裏返せば必要な場面があまりにも先にあるとなかなか習得する気が奮わないということでもあります。
プログラミングもやらねば、ということで今日はこのあたりで失礼します。
シンポジウムの中身はまた明日くわしい記事を書きます。
当初は単に聴衆として参加するはずだったんですが、昨日急遽通訳(のようなもの)を頼まれましてはじめてこうした場で発言する機会をいただきました。
サブタイトルにある通り、このシンポジウムは特にマクロ計量モデルと呼ばれる経済モデルによる分析からエネルギー・環境政策が持つ影響を考察する、という主題で行われました。
その核となるマクロ計量モデルがE3MGモデルおよびその前身であるE3MEモデルです。
この両者はケンブリッジ大学とケンブリッジ・エコノメトリクスという研究機関が中心となって開発し、特にEUではエネルギー・環境政策の意思決定の場でも頻繁に利用されているモデルです。
IPCCの第4次報告書でも計量経済モデルとして唯一分析に採用されたモデルでもあります。
このモデルの内容については明日の記事にゆずります。
シンポジウムにイギリスはケンブリッジよりはるばるケンブリッジ・エコノメトリクスのメンバーであるUnnada Chewpreechaさんがいらしてくださいまして、このモデルに関する解説とEUでどのように活用されているかについてのお話をいただきました。
わたしはUnnadaさんの発表の要旨を日本語で改めて説明する、ということで参加しておりました。
またパネルディスカッションもありましたので、パネリストやフロアからの日本語の質問を英語にしてUnnadaさんにお伝えし、Unnadaさんの回答をまた日本語に翻訳してフロアに伝えるという役もしておりました。
もともとわたしではなく別の方がこの役割を担うはずだったんですが、その方が急に参加できなくなったために前日に突然降ってまわってきた役でもありました。
発表の要旨についてはそれでも前日にいただいていたのでそれを翻訳して準備はしていたんですけれども、その場の講演を受けてその上で追加する部分や省く部分をなどあり、また時間的な制限もあって難しさを感じました。
それでも日本語の方はまずまずの出来ではあったかと思います。
はじめてにしては、という枕詞は必要だとしてもですね。
一方で英語でUnnadaさんに他の講演者の方の発表やコメントを伝えるのはそうとう下手だと自分で感じていました。
それでもUnnadaさんがかなり文脈を読んでくださってなんとかパネルディスカッションも無事に進んだというところで安堵しているところではあります。
9月からのインターン先での上司になる方のひとりなので、今後に関わるという意味でもかなり緊張しました。
それほど参加者の多いシンポジウムではありませんでしたが、それでも聴衆ではなく発言する側として参加したこと、それも通訳というやや変わった形で、というのはたいへんいい経験になったように思います。
まだまだ英語に関しても専門知識に関しても足りない部分しかないと、これからまた勉強するモチベーションにもなりました。
終わった後の懇親会で参加した先生方からよくやったとお褒めのことばをいただいたので、いちおう最低限の仕事はできたかなというところです。
何にしても、必要な場面に遭遇するとそれを身につけようという気になりますね。
裏返せば必要な場面があまりにも先にあるとなかなか習得する気が奮わないということでもあります。
プログラミングもやらねば、ということで今日はこのあたりで失礼します。
2013年7月5日金曜日
夫婦別姓
最初に表明しておくと、わたしは夫婦別姓を認めることに賛成です。
別に夫婦別姓を認めたからといってすべての夫婦が別姓になるわけではなく、それぞれに選択の自由があるわけですから反対する人たちがどうしてそんなに目くじら立てるのか今ひとつわかりません。
別姓にしたくない人は同姓でいいし、別姓がいい人は別姓を選択すればいい。
自分に迷惑のかからない他人の選択に干渉することにどんな正当性があるのでしょうか。
やはり今ひとつわかりません。
制度としての「結婚」も実は必要ないのではないか、という議論を以前に「実践行動経済学」で見かけた気がします。
この本は「ナッジ」という新しい概念を紹介している本で、結婚以外の話題もわりとおもしろかったので機会あるいはリクエストがあれば紹介したいと思います。
日本語訳があまりよくないのが難点ですが……。
別に夫婦別姓を認めたからといってすべての夫婦が別姓になるわけではなく、それぞれに選択の自由があるわけですから反対する人たちがどうしてそんなに目くじら立てるのか今ひとつわかりません。
別姓にしたくない人は同姓でいいし、別姓がいい人は別姓を選択すればいい。
自分に迷惑のかからない他人の選択に干渉することにどんな正当性があるのでしょうか。
やはり今ひとつわかりません。
制度としての「結婚」も実は必要ないのではないか、という議論を以前に「実践行動経済学」で見かけた気がします。
この本は「ナッジ」という新しい概念を紹介している本で、結婚以外の話題もわりとおもしろかったので機会あるいはリクエストがあれば紹介したいと思います。
日本語訳があまりよくないのが難点ですが……。
2013年7月4日木曜日
幸せって
昨日と一昨日の続きです。
幸せって何でしょうか、という話です。
気候変動に関わりのある範囲で、ですが。
例えば衣食住とりあえず揃っていればいい、とすればどうでしょうか。
気候変動が起こっても地球で生活しているすべての人について衣食住が揃った状態にすることはたぶん可能でしょう。
しかしここで仮に住の部分に注目して、生まれた土地に住むという選択肢がなくならないようにする、とすれば話は変わります。
ツバルのように海面の上昇によって国土が消失する国や地域があることは周知の通りです。
生まれた土地が住めなくなってしまうという事態は回避されなくてはならないとすれば、気候変動の防止に大いに取り組む必要があるでしょう。
ここではこれ以上の論点について取り上げることはしませんが、わたしが気候変動を防止したほうがよいと考えている理由はだいたいこんなところです。
なんとなく参考になれば幸いです。
幸せって何でしょうか、という話です。
気候変動に関わりのある範囲で、ですが。
例えば衣食住とりあえず揃っていればいい、とすればどうでしょうか。
気候変動が起こっても地球で生活しているすべての人について衣食住が揃った状態にすることはたぶん可能でしょう。
しかしここで仮に住の部分に注目して、生まれた土地に住むという選択肢がなくならないようにする、とすれば話は変わります。
ツバルのように海面の上昇によって国土が消失する国や地域があることは周知の通りです。
生まれた土地が住めなくなってしまうという事態は回避されなくてはならないとすれば、気候変動の防止に大いに取り組む必要があるでしょう。
ここではこれ以上の論点について取り上げることはしませんが、わたしが気候変動を防止したほうがよいと考えている理由はだいたいこんなところです。
なんとなく参考になれば幸いです。
2013年7月3日水曜日
気候変動は悪か
昨日の続きです。
なんか似た話を前にもしているんですよね→コルサントとナブー
気候変動は悪で防止しなければならない、というテーゼが真か偽か、という話をしようと思ったのでした。
結論からいっておくと、真とも偽ともいえます。
この手のテーゼに万人が納得する解は存在しません。
よく「なぜ」を何回も繰り返すと本質がよくわかるといいますのでやってみましょう。
仮に気候変動、あるいは温暖化は防止しなければならない、とします。
なぜでしょうか。
人々に被害を与える気象災害の頻度が増えるからです。
変動に対応できない生物が絶滅して生物多様性が失われるからです。
さしあたりこのふたつの理由をもって次に進みます。
人々に被害を与える気象災害の頻度が増えることを防止しなければならないのはなぜでしょうか。
気象災害の頻度が増えればそれだけ被害を受ける人も被害の規模も大きくなるからです。
被害の内容は人命と財産ということにしておきます。
さらに、気象災害の被害を受ける人々の多くは発展途上国の人々である場合が多く、災害による被害に対して脆弱だという理由もあります。
脆弱だというのは、被害を受けた際にそこから回復するための経済的な体力がない、といってもいいと思います。
以上の理由を言い換えると人命と財産が不当に害されることを防止すべき、というふうにできましょうか。
ここでの不当ということばは、その被害が被害を受けた人の自発的な選択によるものではない、というくらいの意味です。
例えば競馬でお金を失った人は、自分で馬券を買うという選択をしているので、失ったお金は不当な被害とはいえない、ということです。
自然災害による被害は基本的に個人の選択では避けられないもので、選択によって避けられないという性質をさして不当としています。
人命と財産が不当に害されることを防止すべき、というテーゼに対する反論はちょっとむずかしいと思いますので、ここで止めておきます。
生物多様性が失われるのを防ぐ必要がある、というテーゼの理由はもう少し複雑です。
ひとつにはどんな生物にも(ここには植物など動物以外の生命も含まれます)人間の役に立つ可能性があり、その可能性をつぶさないために生物多様性を維持すべきという主張があります。
乱暴にまとめれば人々の幸せのために残すべき、ということです。
そもそもすべての生物には存在することそれ自体に価値があって、それゆえに存続してゆくべきだという主張もありまが、これを掘り下げると全体がわかりにくくなりそうなので今日は扱いません。
さて、気候変動を防止すべき理由としてふたつ挙げてみました。
「人命と財産が不当に害されることを防止すべき」という理由と「人々の幸せのため」という理由です。
両者はコインの裏表のようなものかと思います。
さしあたり「人々の幸せのため」という表面だけで議論しても今日の話には影響しません。
ここで今度は逆に考えてみます。
人々の幸せのために、気候変動を防止することが必要かどうか。
これを考えようとすると幸せってなんだろう、ということを考えなくてはなりません。
続きはまた明日にします。
なんか似た話を前にもしているんですよね→コルサントとナブー
気候変動は悪で防止しなければならない、というテーゼが真か偽か、という話をしようと思ったのでした。
結論からいっておくと、真とも偽ともいえます。
この手のテーゼに万人が納得する解は存在しません。
よく「なぜ」を何回も繰り返すと本質がよくわかるといいますのでやってみましょう。
仮に気候変動、あるいは温暖化は防止しなければならない、とします。
なぜでしょうか。
人々に被害を与える気象災害の頻度が増えるからです。
変動に対応できない生物が絶滅して生物多様性が失われるからです。
さしあたりこのふたつの理由をもって次に進みます。
人々に被害を与える気象災害の頻度が増えることを防止しなければならないのはなぜでしょうか。
気象災害の頻度が増えればそれだけ被害を受ける人も被害の規模も大きくなるからです。
被害の内容は人命と財産ということにしておきます。
さらに、気象災害の被害を受ける人々の多くは発展途上国の人々である場合が多く、災害による被害に対して脆弱だという理由もあります。
脆弱だというのは、被害を受けた際にそこから回復するための経済的な体力がない、といってもいいと思います。
以上の理由を言い換えると人命と財産が不当に害されることを防止すべき、というふうにできましょうか。
ここでの不当ということばは、その被害が被害を受けた人の自発的な選択によるものではない、というくらいの意味です。
例えば競馬でお金を失った人は、自分で馬券を買うという選択をしているので、失ったお金は不当な被害とはいえない、ということです。
自然災害による被害は基本的に個人の選択では避けられないもので、選択によって避けられないという性質をさして不当としています。
人命と財産が不当に害されることを防止すべき、というテーゼに対する反論はちょっとむずかしいと思いますので、ここで止めておきます。
生物多様性が失われるのを防ぐ必要がある、というテーゼの理由はもう少し複雑です。
ひとつにはどんな生物にも(ここには植物など動物以外の生命も含まれます)人間の役に立つ可能性があり、その可能性をつぶさないために生物多様性を維持すべきという主張があります。
乱暴にまとめれば人々の幸せのために残すべき、ということです。
そもそもすべての生物には存在することそれ自体に価値があって、それゆえに存続してゆくべきだという主張もありまが、これを掘り下げると全体がわかりにくくなりそうなので今日は扱いません。
さて、気候変動を防止すべき理由としてふたつ挙げてみました。
「人命と財産が不当に害されることを防止すべき」という理由と「人々の幸せのため」という理由です。
両者はコインの裏表のようなものかと思います。
さしあたり「人々の幸せのため」という表面だけで議論しても今日の話には影響しません。
ここで今度は逆に考えてみます。
人々の幸せのために、気候変動を防止することが必要かどうか。
これを考えようとすると幸せってなんだろう、ということを考えなくてはなりません。
続きはまた明日にします。
2013年7月2日火曜日
電力はエネルギーのすべてではない
再生エネは3年後「世界第2のエネルギー」に:IEA予測
元の報告書を読むのが面倒だったのでリンクはWIREDの記事です。
すいません。
再生可能エネルギーは未来のエネルギーどころか今まさに選択肢のひとつとして世界中で使われているということです。
もっともその多くは未だ水力が占めてはいます。
水力発電はそもそも歴史が古く、技術的には再生可能エネルギーの中でもっとも成熟しているということもありますが、発電量のコントロールが容易でベースロード電源としても調整電源としても利用できるという長所もあります。
一方で日本でも問題になったように、大規模なものはダムの建設などを通じた大規模な自然の改変を招きがち、という面もあります。
水が流れているところにしかつくれないという地理的制約もあります。
ついでに、この記事ではエネルギー=電力として書かれていますが、世界のエネルギー消費のうちで電力が占める割合は20%弱でしかありません。
残りのほとんどは化石燃料によって直接まかなわれています。
化石燃料は本質的にいつかはなくなってしまうものですから、電力供給以外のエネルギー利用に使われている化石燃料をどう減らすかということのほうがエネルギー全体を考えればよっぽど大事だといういいかたもできます。
化石燃料がなくなるのは数百年後という話もあるので、そんなに神経質になる必要はないという主張もありますが、一方で化石燃料の消費は気候変動につながるので減らしていかなければならないという方向に変わりありません。
人類の活動が気候変動の原因だという論に反対する専門家がいることは知られていますが、その割合は気象学者のうち1%に満たないことはあまり知られていません。
ところでわたしは注意深く温暖化ということばを避けて気候変動といったのに気づいてもらえたでしょうか。
なんとなく温暖化=悪いもの、というイメージが定着しているように感じるのであえて違う表現を使いました。
というのは気候変動が本当によくないもので、防止すべきものかどうか、立ち止まって考えておく必要があると思ったからです。
続きはまた明日にします。
元の報告書を読むのが面倒だったのでリンクはWIREDの記事です。
すいません。
再生可能エネルギーは未来のエネルギーどころか今まさに選択肢のひとつとして世界中で使われているということです。
もっともその多くは未だ水力が占めてはいます。
水力発電はそもそも歴史が古く、技術的には再生可能エネルギーの中でもっとも成熟しているということもありますが、発電量のコントロールが容易でベースロード電源としても調整電源としても利用できるという長所もあります。
一方で日本でも問題になったように、大規模なものはダムの建設などを通じた大規模な自然の改変を招きがち、という面もあります。
水が流れているところにしかつくれないという地理的制約もあります。
ついでに、この記事ではエネルギー=電力として書かれていますが、世界のエネルギー消費のうちで電力が占める割合は20%弱でしかありません。
残りのほとんどは化石燃料によって直接まかなわれています。
化石燃料は本質的にいつかはなくなってしまうものですから、電力供給以外のエネルギー利用に使われている化石燃料をどう減らすかということのほうがエネルギー全体を考えればよっぽど大事だといういいかたもできます。
化石燃料がなくなるのは数百年後という話もあるので、そんなに神経質になる必要はないという主張もありますが、一方で化石燃料の消費は気候変動につながるので減らしていかなければならないという方向に変わりありません。
人類の活動が気候変動の原因だという論に反対する専門家がいることは知られていますが、その割合は気象学者のうち1%に満たないことはあまり知られていません。
ところでわたしは注意深く温暖化ということばを避けて気候変動といったのに気づいてもらえたでしょうか。
なんとなく温暖化=悪いもの、というイメージが定着しているように感じるのであえて違う表現を使いました。
というのは気候変動が本当によくないもので、防止すべきものかどうか、立ち止まって考えておく必要があると思ったからです。
続きはまた明日にします。
2013年7月1日月曜日
どっちの999
松本零士の銀河鉄道999(スリーナイン)の名前を知らない人はそんなに多くないように思います。
しかし主人公がメーテルという名の謎の美女ではなく星野鉄郎という冴えない少年だということまでは案外知られていないかもしれません。
そしてこの銀河鉄道999には同名の主題歌が2曲あります。
ささきいさおの銀河鉄道999
GODIEGOの銀河鉄道999
どっちのほうがメジャーなんでしょうね。
個人的にはささきいさおのスリーナインのほうが好きです。
しかし主人公がメーテルという名の謎の美女ではなく星野鉄郎という冴えない少年だということまでは案外知られていないかもしれません。
そしてこの銀河鉄道999には同名の主題歌が2曲あります。
ささきいさおの銀河鉄道999
GODIEGOの銀河鉄道999
どっちのほうがメジャーなんでしょうね。
個人的にはささきいさおのスリーナインのほうが好きです。
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